〇私は何時も桐の花が咲くと冷めたい吹笛(フルート)の哀音を思ひ出す。
五月がきて東京の西洋料理店(レストラン)の階上にさはやかな夏帽子の淡青い麦稈のにほひが染みわたるころになると、
妙にカステラが粉つぽく見えてくる。 (北原白秋 歌集『桐の花』「桐の花とカステラ」より)
北原白秋の歌集『桐の花』は、恋に落ちた隣家の松下俊子(のちに結婚→離婚)が、夫と別居中の人妻だったため、姦通罪により告訴され拘置される、というスキャンダルの直後に出版されました。
〇君をみて いくとせかへし かくてまた 桐の花さく 日とはなりける
いつとなく いとけなき日の かなしみを われにおしへし 桐の花はも
いととほき 花桐の香の そことなく おとづれくるを いかにせましや (『芥川龍之介歌集』「桐」より)
芥川龍之介は、結婚まで考えた幼馴染・吉田弥生を、桐の花とその香りをよすがに思い出しています。
〇夢よりも ふとはかなげに / 桐の花 枝を離れて / ゆるやかに 舞いつつ落ちぬ / 二つ 三つ 四つ
幸あるは 風に吹かれて / おん肩に さやりて落ちぬ / 色も香も 尊き花の / ねたましや その桐の花
昼ふかき 土の上より / おん手の上に 拾われぬ (三好達治 詩集『艸千里』より「桐の花」)
「肩」に触れて地面に舞い落ちた桐の花を拾い上げる「手」……
三好達治は、若いときから恋焦がれた萩原朔太郎の妹・アイ(破談して10年以上の後、妻子を捨てて結婚するも離婚)の姿を映しています。
高くそびえた梢に気高く咲く桐の花には、文学者たちの情熱的な恋のエピソードがいくつもありました。[YT]